つばめの学校 渡辺スクール「地域に生きる思想」3回目の授業は
吉原写真館6代目館主の吉原悠博さんをお迎えしました。
吉原さんのポテンシャルの高さに触れ、それは海外でも新発田でもどこにいてもかわらないかっこよさでした。
私の小さなコップは充ち溢れ質問など思い浮かぶ余地もなく、貴重なお話をこぼさずに受けとる受け皿もなく。
ぽつんと心に残ったものといったら、私は燕を好きではないかもしれない。ということでした。
というか、ここに住むということは、好き、とか嫌いとかそういうものではないのかもしれない。
自分のことが好きとか嫌いとかではなく、自分とはこういうものだと良いも悪いもそれでしかないそんな感じ。
以前、大倉宏さんに〈花なき薔薇〉相沢直人の文化運動というテーマで授業をしていただいた。その時、相沢直人さんを通して燕がとてもおもしろく見えた。
それから、現代画廊、洲之内徹、佐藤哲三、石水亭…と奥へと広がっていく、うなぎの寝床といわれる町家のようだった。それは後に玉川堂さんにおじゃましたときにそう思った。
話はなんだかそれてしまいましたが、
もっと燕の民俗学について知りたいと思いました。
先日の堀川久子さんより「自分のからだと出会う」授業を開催していただきました。自分とは自分のからだ無しには一瞬も生きられず、そして一番身近なものなのに改めて知る時間となりました。
それと同じく、この町に住むということは一番身近でありながら、知らないことが沢山あるのだろうと思います。
吉原さん、コーディネーター渡辺さん、ご参加いただいた皆様、本当にありがとうございました。
(深海)