活動報告

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つばめの学校 第17回ワーク 12・6 感想レポート

2018.02.28  by

土沼隆雄

講師:土沼隆雄さん

㈱要松園コーポレーション代表取締役
1953年新潟市生まれ、
新潟大学大学院修了、博士(工学)
小形研三氏に師事し、米国で日本庭園築造に従事して帰国
30 年以上にわたって海外の庭園を見つづけ、
あらためて日本庭園の素晴らしさに気付き、そして今、
新潟の文化が育んだ庭園に感動している
表彰
在ポートランド日本国総領事表彰〈国際友好親善〉(2010.10)
米国ポートランド市表彰〈日本庭園築造における貢献〉(2010.10)

日本造園学会賞奨励賞(技術部門)(2011)
東京農業大学造園大賞(2015)
日本造園学会賞(研究論文部門)(2015)
著書
『越後/新潟の庭園』東京農大出版会(2014)

 

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二人の子供が庭園で目を輝かせている写真、庭づくりの真髄がこのスライドに凝縮していると真剣に語る姿、まもなく65歳を迎える土沼さんはますます熱く、そして若い。少年の頃、庭師の祖父へのあこがれ、職人としての修業時代と師匠との出会い、米国での庭づくりや人材育成、ふるさと新潟の庭園の素晴らしさへの気付きと研究への目覚め、博士号取得への挑戦などのお話を聞いて、混迷する現代社会において人々を救済し幸福にするための庭の可能性や在り方へ対するニーズはますます高まっていると感じるとともに自らがその重責を担っていこうというピュアで強い想いに敬服しました。次いで新潟大学の阿部ふく子さんのリードで行われた哲学対話のテーマは「人はなぜ庭を必要とするのか」、自然と庭の差異は、無作為と作為、五感で感じること、魂の救済、医療福祉との連携、人類500万年のDNAとの関わり等々多彩な対話が展開、大雪の中での白熱教室、参加いただいた皆さん、スタッフの皆さんもきっと何かを感じ取っていただいたと思います。とても刺激的な時間でした。
(渡辺スクールコーディネーター 渡辺斉)

 

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土沼隆雄さんによる庭造りのお話から、家の庭、もう少し規模の大きな庭園、そして街の風景と、いろいろなレベルで「庭」というものの存在と可能性を考えることができた。講演の後の哲学対話では、「人はどうして庭園で癒されるのか?」「なぜ自然の中に入らず人口の庭園へ行くのか?」「なぜ庭を造りたがるのか?」「無作為を越える作為はあるのか?」などの問いが挙がった。主に〈庭の存在理由〉をめぐって進んだ対話から際立ったのは、庭といういわば人為的な自然を介して人間が人間に向ける感情や思考のさまざまな現れだ。人間にとって本来は馴染みの深いはずの自然の緑を身近に所有し、人は自らが人らしくいられる空間を作る。庭の持ち主が亡くなった後でも、そこにある手の加わった自然が、人間関係や歴史や永続性を見せてくれる。そうした意味では、庭は人の思いを増幅させる空間なのかもしれない。
(新潟大学人文学部准教授 阿部ふく子)

土沼さんは「地下足袋を履いた博士」と呼ばれているらしい。ぼくもそんな庭師と研究者みたいな、知性と身体性を往復するような存在にいつかなれたら、と思う。庭とはなんだろう?と考えるとおもしろい。庭は余白なのか実体なのか、という庭の空間性(図と地)について。庭は観るものなのか、入りこむものなのか。庭はつくることが終わってもそれが完成ではないという庭の時間性について。ぼくらよりも長い時間軸で庭はありつづける。人間が(作為的に)つくるものとして、自然より自然らしい庭は可能かという問題について。すごいと思わせるコントラストではなく、なんてことなく、いたってふつうに、なじませて溶け込ませることについて。なじんでいて、存在感がない(透明である)ものであるほどに存在感があるという矛盾について。庭の奏でる音楽は、ジョン・ケージの「4分33秒」のような偶然性の音楽、不確定性の音楽に似ている。庭に差し込む光と庭に降り注ぐ雨。鳥がさえずり、水が流れ、風が通り抜ける。庭という舞台において、絶えず多種多様な劇がそこここで繰り広げられている。それは、ぼくらが五感を研ぎ澄ませるというチケットさえ手にすることができれば、の話。
(ツバメコーヒー店主 田中辰幸)

昨年度から始まった渡辺スクール〜地域に生きる思想シリーズ〜も、今回で10人目のゲストを迎える。地下足袋を履いた博士こと、土沼さんのお話も本当に面白かった。その中で私が心に残っていることは、価値観について。“自分がそう思って歩んでいくということは、非常に価値が高いと思う。”しかしその一方で、“社会との映し込み、社会との関係の中で作られるもの、いくら自分が自分がと思っても、その社会とか背景とかそういう中での自分自身の価値観は作られている。”という所だった。それは、家業を継ぐという自分を超越するような大きな流れの中で自分をどう作ってきたのか?という事のように感じた。家を継ぐという日本人が大切にしてきたことの重要性を改めて考えるきっかけとなった。土沼さんのお話の後の哲学対話も色々な問いとその問いに呼応するようにまた問いが生まれる時間となった。発言された言葉を丁寧に抄いとって下さる阿部さんのファシリテーションにより、私たちが安心して問える空気が作られる。このような貴重な機会をいただき心より感謝致します。
(つばめの学校 深海寛子)